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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)29号 判決 1980年8月27日

原告

稲本陽一

被告

特許庁長官

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和54年審判第7308号事件について昭和54年12月25日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「メリヤス編機における編針の支持案内装置」とする発明につき、昭和50年6月6日特許出願をしたところ、昭和54年1月11日付拒絶査定があり、同年2月22日上記拒絶査定謄本の送達を受けたので、昭和54年6月29日これに対する審判の請求をし、特許庁昭和54年審判第7308号事件として審理されたが、昭和54年12月25日「本件審判の請求を却下する。」との審決があり、その審決の謄本は昭和55年1月23日原告に送達された。

2  本件審決の理由の要点

本願発明は、昭和50年6月6日の出願に係るものであつて、昭和54年1月11日付で拒絶査定がされ、その謄本が昭和54年2月22日に請求人(原告)の代理人に送達されたことは、大阪南郵便局の郵便物配達証明書によつて明らかである。上記拒絶査定に対する審判の請求は、同査定の謄本の送達を受けた日から30日以内である昭和54年3月24日までにされなければならないところ、請求人は、仕事で昭和54年1月27日に大韓民国に渡り、同年6月16日に帰国したので、法定期間内に審判請求をすることができなかつたものであるとして、本件審判の請求を昭和54年6月29日にしたものである。

特許法第121条第2項に定める「その責に帰することができない理由」とは、天災地変のような客観的な理由に基づいて手続をすることができない場合のほかに、通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払つてもなお請求期間を徒過せざるをえなかつたような場合などをいうものであるが、上記の請求人の事情は、万全の注意を払うことにより回避することができたものであり、「その責に帰することができない理由」に該当しない。

したがつて、本件審判の請求は、上記法定期間を経過した後の不適法な請求であつて、その補正をすることができないものであるから、特許法第135条の規定によりこれを却下すべきものである。

3  本件審決の取消事由

審決は、特許法第121条第2項に規定する「その責に帰することができない理由」についての判断を誤つたものである。

原告は、大韓民国法人雙龍機械工業株式会社(ソウル特別市城東区華陽洞168-27)の副社長であり、その職務を遂行するため、昭和54年1月27日に大韓民国に渡り、同年6月16日に帰国した。不幸にも、原告が訪韓している間の昭和54年2月22日に本件特許出願についての拒絶査定謄本が同出願の代理人弁理士岸本守一外2名に送達された。同代理人は、この拒絶査定謄本を送り状とともに、昭和54年2月28日付で原告方に送付した。しかしながら、本件特許出願人は、原告個人であり、上記代理人からの拒絶査定謄本の送付もまた原告稲本陽一個人宛であつたので、その封書は、個人の信書を尊重する美徳から原告の家族によつて原告が帰国するまで開封されることはなかつた。原告は、帰国後、本件特許出願の拒絶査定謄本が入れられた封書を開封し、特許法第121条第1項に規定する期間がすでに経過してしまつたことを知つた。

原告は、大韓民国に渡るに際し、訪韓中に拒絶査定謄本が送達されるであろうことを明確に予知できたはずである、とは到底いえない。人は己が予知しうる範囲内の事項についてのみ作為または不作為を責められるべきものであるから、予測ないし予知しえない事項は、特許法第121条第2項の規定にいう「その責に帰することができない理由」に含まれるべきである。したがつて、原告が大韓民国に渡るに先だち、拒絶査定謄本の送達を予想しその適宜な措置についての指示をしなかつたとしても、そのこと自体は、原告の責に帰することができない。

第3被告の陳述

1  請求原因1及び2の事実は、いずれも認める。

2  同3の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

第4証拠関係

原告は、甲第1、第2号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を求めた。

理由

1  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

2  本件特許出願についての拒絶査定謄本が昭和54年2月22日に原告の特許出願代理人弁理士岸本守一外2名に送達されたことは、原告の自認するところである。上記のとおり、すでに本件拒絶査定謄本の送達が適法にされた以上、特許法第121条第1項に規定する30日の期間は、上記送達の日から進行するから、上記期間経過後の日である昭和54年6月29日にされた本件審判の請求を不適法とした審決に誤りはない。

原告は、拒絶査定謄本が送達された当時、大韓民国に渡つていたものであり、訪韓中に拒絶査定謄本が送達されるであろうことを予知できなかつたのであるから、上記の事情は特許法第121条第2項に規定する「その責に帰することができない理由」により期間内に審判の請求をすることができなかつたことに当る旨主張する。

しかし、上記特許出願代理人に対する送達が適法にされていることは、前述のとおりであつて、原告本人とその特許出願代理人との間は、内部関係にとどまる。そして、原告の主張するところは、要するに、内部関係における指示の不適切あるいは連絡ないし措置の不十分に帰するものであるから、これをもつて、特許法第121条第2項に規定する「その責に帰することができない理由」とすることはできない。原告の上記主張は採用するに由がない。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 杉山伸顕 清野寛甫)

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